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2004年9月 2日
本名と通名
コンビニ話は週1話ぐらいにしようと思ってるけどはじめぐらいは2話連続とかでもいいかなと。
高校時代にバイトしていたコンビニは生野区にあった。学校から自転車で20分もかからない距離(ただし、当時の僕はマウンテンバイクレーサー)だった。
生野区といえば日本最大のコリアンタウンでもある。そのためか、朝鮮や韓国の人を親に持つひとと触れあうことも日常茶飯事だったりする。
ただ、反日とか嫌韓とかそんなのはなくて、むしろみんな好意的。バイトの人もほとんどは朝鮮か韓国の血が入っている人だった。
その中にYさんという人がいた。
Yさん(名前覚えてるけど、ここでは紹介しません)は同い年で生野区内にある朝鮮学校に通っている子で、陸上部に所属。なので、バイトにはジャージ姿で来ることが多かった。たまーにプライベートで来店したときはチョゴリを着ていた。
頭の切れる人でバイトの中でもかなりできる存在。店長や他のスタッフからの信頼も厚かった。
同じシフトにはいることが多くて、体育会系だったりすることもあってすぐに仲良くなった。で、バイトが終わったらよく家まで送ったりしてた。
普段のそういう付き合いがあったこともあり、彼女の誕生日に陸上用のシューズを買ってプレゼントしたことがあった。あまりいい靴を買えなかったのだけど、とても喜んでもらったことを覚えている。
その少し後で、僕の誕生日が来たときに彼女は律儀にお返しをしてくれた。秋物の服だったと思う。
そこに1通の手紙が添えられていた。
「改めて始めまして」こんな書き出しだったと思う。その中にこんな一文があった。
「フルネームは知ってると思うけど○○○○。でもこれは通名で本名は○o○○○○○。実は○○っていう日本名はあまり好きじゃありません。」
大阪は韓国や朝鮮に関する文化の学習が盛んで、高校生の頭でも、彼女がなぜ日本名を嫌うのかは容易に想像ができた。
彼女との関係はその後も店をやめるまでずっと続いたけど、普段見せる表情と、手紙の一文のギャップがあまりにも大きすぎて、歴史の傷跡というのは世代を超えて残るものであるということを認識したとともに、脳裏にはきっちりと刻み込まれた。
だからかもしれないけど、当時のスタッフの中で、名前をフルネームで今も覚えているのは彼女だけだ。
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