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2006年2月 2日
金儲けの仕組みを考えたり
今の世の中は、昔と違ってスキルや個性と言ったものを、少しの工夫で簡単にお金に換えることができるようになっていると思う。
先日、東京に行っていろいろな方と話をして、そう思った。
ただ問題は、その少しの工夫をどうやるかである。
いくら優れたプログラムを書けるプログラマーでも、いくらすばらしいイラストを描けるイラストレーターでも、
工夫無しではそれをお金に換えることは難しいわけだ。
ちなみに、工夫とリスクは違う。
フリーランスとして活動していくと、給与という枠組みが無くなるので、実質青天井の相場で仕事ができる反面、食いっぱぐれる事もあるわけで、
これは工夫と言うよりはリスクなんだと自分では思っている。
詳しく書けないのだけど、僕が東京で出会ったある方は、おそらくは儲けようと考えずにコンテンツを作り、
それが結果的にそれはもうびっくりするような収入を生み出すようになった。
今はそれにさらに工夫を加えて「日額いくら行くかな」みたいなことをやっているようだ。
それは本来の収入とは別枠のものになっていて、仮にそれが破綻してしまっても、生活そのものが破綻しないようになっている点も興味深い。
SEOやSEMなどの技術的な部分は、後から付いてくるもので、はじめっから徹底的に手を加えてもあまり意味がないんだなと思ったりもした。
そして、継続。継続は力なりとはよく言ったものだけど、長持ちしているコンテンツはそれなりの周りからの評価も高くなる。
資産設計系の書籍には「お金に働いてもらう」という表現が見受けられるのだけど、
同じようにスキルや個性にだって働いてもらうことは可能であると思う。コンテンツに変えれば。だけど。
基本的には自分の興味がある分野でコンテンツ化を進めていくのがいいみたいだ。
以前、元アシがプログラムの世界に足を突っ込んで(引き込んだ人間は今でも大嫌いであるが)、めまぐるしい成長を見せているときに
「自己満じゃ金に換えることはできんよ」と言ったことがある。彼女の目的は知的好奇心を満足させることだったので、
金に換えるかどうかなんてどうでもいいことなんだけど、僕は基本的には金儲けが主体の男(これについては何をいってんだと言われるだろうが、
資本主義の国に生まれたものの運命であろう)なので、何をやるにしてもその先には商売が絡んできてしまう。
そう思ったら、自己満で終わってしまう彼女と、その先に商売を見据えている僕とのベクトルがずれているのは当たり前のことで、
コンビが解消されたのは必然なのかもしれない。
東京から戻ってきて、どういったコンテンツを展開するかをずっと考えている。
あまり利益を生まないフリー写真はこの際切ってしまってもいいんじゃないかとも思っているぐらい。
でも、時折届く感謝のメールには、いろいろと心温まるものを感じていたりもして「儲けだけじゃねーんだよなぁ」とも思ったりしている。
東京で買ってきたモールスキンのメモパッドに、自分が得意とする分野、
自分が今置かれている状況についてコチョコチョと書き込んでみた。
どうやらそこから数種類のコンテンツを生み出すことができるらしい。
さっそく始めてみている。成果が出るのはいつになるのかわからないけど。
ということで、生活から切り離された金儲けについて、その特徴を箇条書きしてみると
1:考え込まれていない。作り込まれていない。
2:長持ち。3年とか4年とかそれ以上の期間、利用され続けていたりする。
3:立ち上げやメンテナンスの苦労はあれど、労働の対価としてはかなりの高効率。
4:興味のある分野など、必ずその人の個性に合ったコンテンツになっていることが多い。
5:(僕についてだが)日記の更新頻度がすごいらしい。これも「売り」になるんか?
さてと。仕事しようっと。
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