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2010年2月 8日

-20度の八ヶ岳に行ってきた

前日の仕事などもあって、出発したのは5時ぐらい。しかも財布を忘れるという失態もあって、最終的に東京を離脱したのは7時前だったんじゃないかと。

目立った渋滞もなく石川PAで朝食を仕入れ、双葉SAでトイレ休憩、そして諏訪南へ。通い慣れた道。
相変わらずノーマルタイヤな車なので、突如現れるであろう雪道にびくつきながら、チェーン装着のタイミングを図る。 そろそろやばいかなってところでチェーン装着。美濃戸口へ。

装備を整えて出発。11時。予定より1時間押し。すでに気温はエクスペディションな状態になっているようで、テルモスから漏れ出たお茶が一瞬で凍り付いていた。

美濃戸までは1時間で登れた。珍しくコースタイム通り。美濃戸の山荘で昼食をいただく。山荘に住んでいる「ポッコ」という犬に唸られる。

隣で食事していた関西人っぽい人に「硫黄いくの?あそこは上が平らだから、道に迷いやすい。赤岳とかだと道は1本だからな。レベルも大して変わらんよ。上に岩場が歩かないかの違いだけ。」と言われる。なるほど。そういう見方もできるんだな。
「昨日電話で聞いたところ、地蔵尾根で40cmのラッセルだったって」と。すっかりテンションが下がる。

12:30に山荘出発。

いくつかのパーティーに抜かれる。我々は登るのも下るのものんびりなのである。
堰堤でさっき抜いていったパーティーに追いついた。見るとアイゼンを装着している。いつも堰堤で大きく休むことにしているので、ザックをおろして雪遊びなどしてみた。
パーティーが出発したあと、常置してある雪上車の裏に回り込んで風をよけつつ、アイゼンを装着。この積雪、途中の階段や橋がえらいことになっているのは予想できる。

初めて来たときはあれほど遠く感じられた北沢の上りも、来るごとにペース配分がわかってきたのか、あまり疲れを感じることがなくなった。それでもほかのパーティに抜かれるけど。そして今回は股関節が痛くなった。こうやって徐々に慣れていくのかなとか思ったりしている間に、橋を9つ渡り終えた。股関節、左足の付け根の痛みはだんだんひどくなってきていて、後半は足をあげるのが相当つらかった。
登山前にジムでボルダリングをしたのだけど、そこで無理な動きをしたのかなとか考えたけど、原因不明。左足は利き足なので、右足をかばってしまったのかなってところで決着させた。

15時ぐらいに赤岳鉱泉着。いつもなら山小屋でのんびりしたくなるのだけど、まずはテン場にいい場所を見つけることから開始。

風が強く、林の中に設営することにしたけど、なかなかいい平地に巡り会えず、やっと見つけたまともそうなところをショベルで掘って掘ってテント分の場所を確保した。
当初、風が少なそうな林側を出入り口にしようと思っていたら、掘っているうちにガリっと嫌な手応え。新雪の中に氷がある。と言うことはだ。あ、色がついてる。あー

トイレを掘り当ててしまった。幸いにも小さい方だった。氷であるうちは無害だ。というか、トイレすぐそばにあるのに、ここでする意味がわからん。まったくもう!
ここは常時零下なので、トイレをしてもすぐに凍って春までそのままだ。いつか掘り当てると思ってたんだけどまさか今日掘り当てるとは。なのでテントの位置をちょっとずらした。

DSC_8228

今回用意したテントはMSRのASGUARD。エクスペディションな環境に使えるタフなテントである。
ちなみにこの写真、設営時ではなく翌日に撮っている。当日は、写真どころではない環境だった。
吹き荒れる強風、何度もテントを飛ばされそうになりながらも、やっと設営を終えたときは手も足も冷え切って感覚がないを通り越して、千切れたんじゃないかというぐらいの痛みを感じるぐらいで、逃げるように赤岳鉱泉へテン場の使用料を払いに行った。

山荘に気象状況の問い合わせの電話が入っている。「気温は-20度ぐらい」「風は強いです。本日赤岳に入っている人は、一人もいません。」と、なかなかすごい会話が聞こえてきた。

受付を済ませ、中の暖かさにすっかり安心しきったところで、談話室で食事をとらせてもらうことにする。テントを入れてきた袋(写真前方)に食事を作るためのバーナーなどを詰め込んで再び山荘へ戻り、カレーうどんを制作した。となりの食堂では山荘自慢の料理が出ているようだ。

食事を済ませてテントへ戻り、パッドを敷いてエマージェンシーなブランケットを敷いて、寝袋を設置。ジャケット類を脱いで寝袋に入って、もう一枚のブランケットを寝袋の上にかぶせた。

脱いだジャケット類はザックの中に。シューズは枕元に置いた。テントも前室はピッケルを使って固定して、もう一方の前室はトレッキングポールを雪に埋め込んで固定。横の張り綱もトレッキングポールとショベルで固定した。翌朝にはピッケル以外すっかり埋まってた。

低温すぎるのもあってeneloopが電源なライト達は電圧低下で動作が不安定になり、それもあってさっさと就寝。19時。

寝袋の上にエマージェンシーブランケットをかけるというのはなかなかいいアイデアだった。すっかりポカポカできたのだけど、自分の体から蒸発した汗による結露が、ブランケットで氷になり、それがぽたぽたと顔面に落ちてきたりして何度か夜に目が覚めた。

翌朝、何度か目が覚めたところで外の様子をうかがうも、ものすごい強風が続いていて「これでは稜線は歩けたものじゃないな」と言うことで、早々に下山することに決定。 結局7時半ぐらいまで寝てたと思う。

周りをみるとテントの数が減っていた。下山した人もいるようだけど、アイスクライマーを中心にしたパーティーはそれぞれ目的の氷へ出かけるようだ。

とりあえず山荘内で朝食を制作。買ってきたおにぎりと味噌汁。コーヒー。
登山中におにぎりはいったん凍ってしまったようで、外側の米は米の形をしたなにやら別の物質に変わってしまっていて、まったくもって全力で不味かった。「愛情おむすび」と書かれてあったが、偏った愛情を感じる。コーヒーで口直しした。

DSC_8227

テントへ戻って撤収開始。

荷物を外に出し、テントの中にたまった氷を外に出す。

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この世界では氷や雪は石や砂みたいなものなので、とけない限りは気にならないのだけど、 このままたたんで下山してしまうと、下界で氷は水になり、テントはあっという間に水浸しになる。たたまれた状態のまま。
乾燥作業が大変になるので、できるだけ氷は外に出してしまう。

装備をととのえて下山開始。すでに指先は激痛が走る状態に。寒すぎる。

DSC_8234

小屋の屋根越しに赤岳が見えた。阿弥陀だと思ってたけど、赤岳?だよな、阿弥陀?どっちだ?
残念なことに天候は回復基調にあるようだけど、これから登ると下山は夜にかけてすることになる。あきらめる。

DSC_8236

昨日登ってきた道を降りていく。この時間から下山するパーティーは数えるほどで、のんびり撮影を楽しむ余裕すらあった。時折太陽が顔を出し、雪景色に花を添える。そしてついには青空が。

DSC_8238

この山はどこまでもツンデレなのである。背を向けると後ろ髪を引いてくるのである。帰れと言ったり帰るなと言ったりどっちなんだ君は。

堰堤まであっという間におりてきた。アイゼンを装着して来たのが功を奏し、怖い目に遭うこともなかった。堰堤から先は雪上車のトレースがあるので、道が急に二つに増えたようになる。途中、中央アルプスと思われる稜線を林の間に見た。

DSC_8241

下山なう。
冬期閉鎖している八ヶ岳山荘で休憩を入れると、目の前に阿弥陀が見えた。青空に映える見事な山様。登ろうとせず降りた我々をあざ笑っているかのようであるが、よく見るとその山頂からは雪煙が見えた。晴れていても風はすごそうだ。

車に戻って装備を解き、さっさと降りる。途中、ズームラインでチェーンを外した。やっぱり風が強い。振り返ると今まで見た中で一番きれいな八ヶ岳が見えた。

DSC_8245

まぁ、また来るし...いいんだ。

僕が八ヶ岳に入るといつも荒れる。僕が去ると晴れるのだ。

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